「セブン-イレブン」で斬新なコンビニ業態を確立し国内競争を制し米国・アジアへ躍進、親会社「イトーヨーカ堂」も逆統合し日本最強の流通グループ「セブン&アイ」に君臨
※サイト運営者の寸評に基づく点数。算出方法は詳細ページ参照
戦後
鈴木 敏文
1932年 〜 年
80点※
家系・子孫
- 鈴木家は長野県埴科郡坂城町で農業と養蚕業を営む大地主の家柄で、鈴木敏文は15代当主で坂城町長も務めた鈴木甚四郎の第9子である。鈴木敏文は旧制上田中学校(現上田高等学校)の受験に失敗し小県蚕業高等学校から中央大学法学部へ進学(経済学部へ転部)、ジャーナリストを志望するが新聞社の選考に落ち1956年トーハンに就職した。トーハンで広報部に在籍した鈴木敏文は数人の仲間とテレビ局設立を企て出資を求め企業訪問したが、1963年たまたま意気投合した「イトーヨーカ堂」に転職、創業社長の伊藤雅俊の支持を得て「セブン-イレブン」を起業し日本の流通王へと上り詰めた。鈴木敏文は美佐子夫人との間に二男を生し、長男の鈴木隆文は消化器外科の医師となったが、2015年次男の鈴木康弘を「セブン&アイ・ホールディングス」の取締役に据え世襲路線を顕示した。鈴木康弘は武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部電気工学科卒、富士通のシステムエンジニアを経てソフトバンクに転職し、セブン-イレブン・トーハン・ヤフーの出資を得て書籍ネット通販「イー・ショッピング・ブックス」を起業した(セブンネットショッピングへ改称)。事業は2代目の道楽に終始したが、親馬鹿の鈴木敏文は2014年「セブン&アイ・ネットメディア」なる子会社を設立して鈴木康弘を社長に迎え同時にセブン&アイHDの執行役員兼CIO(最高情報責任者)に大抜擢、僅か1年余で取締役に昇格させた。取締役CIOの鈴木康弘は「オムニチャネル」なる実店舗とインターネットの融合戦略を担当するというが(要するにネット通販)、道楽の延長でアマゾンや楽天には及びも付かず今更感満々である。名声も勲章も得た鈴木敏文は世襲に固執し何としても鈴木康弘に年商1兆円の目標を達成させ晴れてCEOを継がせたいようだが、当然社内には白けムードが漂う。