名古屋城跡

愛知県は戦国の覇者 織田信長の出身地。本能寺の変の後、織田家を簒奪した豊臣秀吉(尾張中村の百姓出身)が天下統一を果すも、関ヶ原の戦いで同じ信長配下の徳川家康(西三河の土豪出身)へ覇権が移り江戸幕府創設で終幕。300諸侯の大多数を三河・尾張ルーツ(次は美濃)が占める状況は明治維新まで続き、今日に至るまで影響大(諸藩の大名・重臣は華族に列し、戦後も多くが名門存続。なお、江戸弁・共通語のルーツは三河弁とか)。さらに現在、関連企業総体で日本の企業価値の1割を占める(私見)トヨタのお膝元となり、大阪の凋落を尻目に愛知県は最も活気ある地方経済圏を形成、中部国際空港・名古屋城・明治村等々、観光開発にも拍車が掛かる。三河には、安祥城跡・岡崎城跡・吉田城跡と徳川家康創業期の渋い史跡が残り、豊川稲荷、御油宿など東海道の名所も点在。方や尾張では、名古屋城跡・熱田神宮の双璧に加え栄・錦を筆頭に繁華街も充実、犬山城跡・明治村が良質な観光地域を為し岐阜観光とセットで楽しめる。また、知多半島には常滑(やきもの散歩道)、温泉、ビーチがあり、伊勢湾渡海ツアーも面白い。

私評

推奨

名古屋は徳川御三家筆頭尾張藩62万石の城下町。名古屋城跡は日本最大の城跡観光地で(私見)、豪華絢爛な本丸御殿の公開(+金シャチ横丁)でパワーアップ。構内にひっそり佇む「那古野城跡」も見逃せない(織田信秀が今川氏を追出し那古野城創建、幼い嗣子信長を城主に据え自身は古渡城へ…)。なお、徳川宗春の積極財政で名古屋の大城郭と城下町が振興し、尾張の中心が宮(熱田)から名古屋へ移転した経緯あり(藩財政は傾き、宗春は結局将軍吉宗に敗れたが、名古屋はその後も繁栄を維持)。

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